ニューメキシコ州アルバカーキの街並み
ニューメキシコ州アルバカーキの街並み
2019年7月に米国ニューメキシコ州アルバカーキにて、国際システムダイナミックス学会のカンファレンスが開かれました。私はそこで国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所三好潤博士と専修大学高橋裕教授と共同で進めてきたプロジェクトの発表をしてきました。本プロジェクトは、日本のある地域における底びき網漁の現状について、システムダイナミックスの手法を用いてモデリングしたものですが、本稿では簡単にその内容をご紹介したいと思います。
図1 ループ図
当該地域の漁業会社は非常に厳しい経営環境にあります。昭和50年代以降、魚資源は減少し、さらに魚価も低下する一方で、人件費や燃料費等のコストは上昇しています。このような状況に対応するため、1990年代から外国人技能実習制度の活用が進められてきました。これは漁業会社が利益を確保し、生き残る上で非常に効果的でした。(図1:外国人技能実習生活用ループ)しかし、約30年の長きにわたりこの制度を活用した結果、別の作用が漁業者を苦しめています。外国人技能実習生は3年で帰国するため、漁獲効率に最も影響を与える漁業のノウハウが次世代に継承されてこなかったのです。現地訪問した際、漁業会社の社長、行政の人は口をそろえて、ノウハウが重要だと語られました。それは、波、風を読み取り、どこに魚がいるのかを見極める力です。魚探などの機械が発達した現代においても、肝心かなめは人に蓄積された暗黙知が重要なのだそうです。そして現在、そのノウハウを持った人材は高齢化し、引退時期を迎えています。(図1:後進が育たないループ)
魚がどこにいるかを見極める力、船員をまとめ上げるリーダーシップは簡単に身に付けることはできません。私が現地に訪問した際、漁業会社の社長にこれらの能力を育成するのにどれくらいの時間がかかるのか質問したところ回答は20年でした。漁師の新規採用が難しい状況で、仮に今すぐ育成をはじめたとしても、一人前になるのは20年先です。
この状況について、漁師の数、漁師の能力、技能実習生の数、技能実習生の能力、現金、漁船の数、漁船の効率性を主なストックと定義し、それらが何によって増加、減少し、そしてどのようにつながり合っているのかモデリングし、シミュレーションしました。
図2 シミュレーションシナリオの条件
図2のように現状の条件以外に3つのシナリオ条件を設定し、それぞれの現金の貯まり方が40年という時間軸でどうなるかを検証しました。
図3 シミュレーション結果
その結果が図3です。シナリオ1の技能実習生という制度に頼らず、長い目で漁師を育成していくことが最も現金が貯まる結果となりました。
図4 シミュレーション結果の拡大図
一方で、時間軸を変えてみると違う世界が見えてきます。図4はシミュレーション結果を時間軸12年までで拡大したものです。これを見ると5年という時間軸ではシナリオ2の短期的労働力としての技能実習生の割合を増やす事がもっとも現金を貯めることができる事がわかります。また、10年の時間軸で見ても現状よりも現金をたくさん貯める事が出来る結果となりました。長い目で漁師を育成する事が重要だとわかっていても、それができない現実が浮かび上が ってきたように感じました。
私たちは、このシミュレーション結果から40年の時間軸を持てなくても10年の時間軸を持てるなら、技能実習生を短期的な単純労働者とするのではなく、中長期の時間軸で漁師として育成するシナリオ3が良いという結論に至りました。なお、このプロジェクトは開発途上であり、進行中のプロジェクトとして発表してきたものです。
ご紹介した事例は、技能実習制度が短期的には大きなコスト削減につながったものの、長期的には別の副作用をもたらしたというものでした。短期と長期で正反対の効果が生まれるケースは、このケースに限った話ではありません。しかし、この制度があったからこそ漁業者は事業を継続する事ができ、私たち消費者は安くておいしい魚を食べる事ができた事もまた事実だと思います。これらのケースにおいて、短期策を非難し、長期策を奨励したところで机上の空論との非難を免れないと思います。システム的に考えれば、考えるほど誰にとっても良い一つの正解を導き出すことは困難だと痛感します。
ただ、私たちはシステム的に考える事で、短期と長期の効果を吟味した上で主体者として選択することはできます。現在は、短期的な意思決定を促す構造があちこちに存在し、そのような構造に意識を向けない限り、私たちは長期的な視野を持った意思決定をすることは困難だと思います。私たちが無意識のうちに定めている時間軸に意識を向けることが、今求められているように思えてなりません。